僕と夕食を
珈琲の香が部屋に充満していく。
何時間か前に入れたもう冷えてしまったカップを手に取り一口。
そして大好きなその空気を大きく吸い込んでのびをした。
窓の方をふと見ると外は闇に包まれていた。
「?」
さっき空を見た時は青い空があったはずなのに、青空は、夕焼けはいつの間に終わってしまったんだろう。
まあとりあえず、夕飯の支度を…あれ、お昼はいつ食べ…?何を食べたか思い出せない。
もっといえば食べたかも思い出せない。
食べてない気がする。
うん、食べてない。
どうりでお腹がすいたはずだ。
台所へ向かう。
ふと見ると、台所のすみに小さな白い包みが転がっていた。
触り心地は…餅系か。
確かあいつが昨日貰ってきたとか言っていたな。
なんて言ってたっけ?…まあ、ここにあるって事は食べられるって事だろう。
中身に興味があったので、今日のお昼兼おやつはこれにしよう。
鍋を火にかけ、包みを開ける。
すあまだった。
大福か何かだと思っていたので一瞬きょとんとなるが、正体が分かってしまった瞬間、興味は夕飯の献立に移る。
「ご飯余ってるしなぁ、めんどくさいからカレー…うーん、いや気分的にはハヤシライスだな。肉はっと…」
すあまを口にくわえながら大きな独り言を言いつつ冷蔵庫を漁る。
肉無し。
「こっちはどうかな〜」
歌いながら冷凍庫を漁る。
肉発見。
「よし、タマネギはあるし…あぁ、ルーはっと…」
肉を電子レンジで解凍している間に今度は棚を漁る。
「あった、あった」
鼻歌を歌いながらタマネギを刻む。
久しぶりの休みで上機嫌だった。
やりたいことの半分も終わってないけれど、まだ夜は長い。
それに終わらなければ次の休みの楽しみに取っておくさ。
人生前向きでなくては。
特に自分のような仕事の人間はすぐに死神に捕まってしまう。
本当はまっとうな仕事に就けばいいのかも知れないが、こんな金が良くてまっとうな仕事なんかあるはず無い。
危険手当付きなのだから当たり前だけど、この仕事をしてなければあいつと会うこともなかったんだろうから、よしとしよう。
「よしっ」
味見をしてまだまだ料理の腕は落ちてないなと思う。
皿に盛りつけて食べ始める。
テレビをつけてみるが、なんだか違和感があった。
本当はここに誰か…あいつがいると良いと思う。
こんな事を感じるのは初めてだと思った。
いつもは仕事前の儀式のように食べてるから気が付かなかったのかも知れない。
いや、というよりは誰かをこんなに求めること自体が初めてなんだ、多分。
「美味そうだな」
「うわっ」
背後に人の気配がしたと思ったら急に声がして俺はがらにもなく驚いた。
驚いたのは誰かがいたという事じゃなくて、その主が今頭の中に浮かべていた人だったからだ。
「どうした?そんな鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして。あっ、これもらうぞ」
ロキは勝手に戸棚から皿を出し、ハヤシライスを盛りつけ始めた。
「あっ、ああ。…なんでもない。急に現れたりしたからビックリしただけだ」
「そうか?で、これは何という食べ物なんだ?」
「ハヤシライスだよ」
「ほぅ、この間食べたカレーとやらに似てるな。…うん、美味い」
スプーンを口の中へ運び、笑顔になった。
「だろ。俺が作ったからな。そういや今日は何のようだ?」
「ん……ちょっと近くを通ったら明かりがついていたのでな。少し驚かせてやろうと思ってな」
「ふーん」
2人の間に沈黙が流れる。
でも、さっきのように違和感はなかった。
今日はどうか呼び出しがかかりませんように。